エド・シーラン

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稀代のソングライター。エド・シーランのすべて

世界で1番ホットなアーティスト。今、その称号は紛れもなくエド・シーランの手にあるだろう。たった1人でステージに立ち続け、疑いようのないギタースキルと天性の歌声でついに世界を席巻した男の魅力に迫る。

エド・シーランの誕生

1991年2月17日。イングランドの北部ウェストヨークシャー州の都市ハリファクスに1人の男の子が生まれた。
名前はエドワード・クリストファー・シーラン(Edward Christopher Sheeran)。
のちにエド・シーランとして世界のポップシーンを席巻する子の誕生である。

エドの生後間もなくして、家族はイングランド東部のサフォーク州にあるフラムリンガムへと引っ越し、エドは幼少期をこの田舎町で過ごすことになる。

エドと2つ上の兄マシュー(Matthew Sheeran)は、ジュエリーデザイナーの母(Imogen Sheeran)と、アートキュレーター* である父(John Sheeran)の芸術的なセンスをしっかりと受け継いだ。
しかしエドは幼少期に先天的な眼疾患に苦しみ、視力矯正の結果、斜視気味になってしまった。

*美術講師


厳格なカトリック教徒であった父の影響もあり、エドは4歳から近所の協会の聖歌隊に入隊し音楽を始める。

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アイルランドのルーツを持つ父ジョンは、普段からヴァン・モリソンなどのアイルランド音楽を嗜み、加えてビートルズ、ボブ・ディランをよく聴いていた。そうして様々なライブへエドを連れ出したのだった。

エド・シーランがアーティストになった日

2002年6月3日、エリザベス女王の即位50周年を記念するコンサート「パーティー・アット・ザ・パレス」において、11歳の少年エドの運命は大きく動き出すこととなる。

エルトン・ジョン、ポールマッカートニーといった豪華絢爛なロックミュージシャンが出演したコンサートで、エリック・クラプトンの「レイラ(Layla)」に心を奪われたのである。

エドは後年、「彼が虹色のストラトキャスターとともにステージを歩き、『レイラ』の最初のリフを弾いた瞬間は忘れられないよ」と語っている。ライブの2日後に黒のストラトキャスターを買ってもらったエドは、その後1ヶ月に渡って『レイラ』のリフの練習に没頭したという。

世界3大ギタリストの一角を担うエリック・クラプトンこそ、エドがギターを握ったきっかけである。

そしてもう1人、エドに音楽の道で生きていく決心をさせた人物がいる。それがダミアン・ライスだ。

「11歳か12歳の時に『Whelan’s*』で初めてダミアン・ライスのギグを観たあの夜が、本当に僕の人生を変えてしまったんだ。ショーの後に彼と話した時間は、僕の中で全てを変え、僕が誰かのためにしたいと思える、たった1つのことを突き詰める勇気を与えてくれた。」
*アイルランド・ダブリンにあるライブ会場兼アイリッシュパブ

エドがそう語っているように、ダブリンで出会ったアイリッシュフォークのレジェンド、ダミアン・ライスという存在が、音楽好きな少年にアーティスト:エド・シーランとして生きていく決心をさせたのであった。

エドはのちに米ローリングストーン誌のインタビューで、「自分を作り上げた1曲」にダミアン・ライスの「Cannonball」を挙げている。

デビュー曲を完成させたのは11歳であった。ギターの先生とレコーディングを行った曲のタイトルは「Typical Average Teen(平凡な10代)」。

「もう少しパンチを効かせようか?」という提案に、「いや、下手するとなまって聴こえてしまうよ」と答えたエピソードもあるように、この頃から自身の音楽に確固たる価値観を形成していた。


この曲はのちに3作目のEP「The Orange Room」に「Typical Average」と名前を変え収録されている。

この頃から、かつてサム・スミスも参加していた「ブリティッシュ・ユース・ミュージック・シアター」で舞台に立ったり、リタ・オラらを輩出した「アクセス・クリエイティブ・カレッジ」に通ったりと、パフォーミングやリベラルミュージックを学んでいった。

直感という大きなベースの上に正統派の音楽理論を積み上げたエドは、彼にしか生み出すことの出来ないサウンドを手に入れていった。



ロンドンでのホームレス生活

13歳で最初のデモアルバム「Spinning Man」をリリースしたエド・シーランは、16歳で地元のトーマス・ミルズ高校を中退しロンドンへの移住を決めた。

校内で「著名人になりそうな人」にも選ばれていたエドだったが、「先生も友達も、誰もが自分のことを理解していなかった」と当時を振り返っている。そんな中、唯一エドのことを信じ続けてくれた人物が音楽教師のハンリー先生であった。

「彼は厳格な音楽教師と違って、音楽理論を押し付けることはしなかった」とエドは話し、ロンドンでのギグのために授業を早退させてくれたエピソードを振り返っている。



エドの決断には当時のUKインディ・シーンで起こっていた「アンダーエイジ・ムーブメント」が追い風となった。

YouTubeや音楽に特化したSNSであるMyspaceが急速に普及し始めていた時期で、若手アーティストが自身の作品を発表する場を得始めていた。こうしてUKインディ・シーンでは、10代のアーティストが躍進の兆しを見せていたのだった。

アーティストとしての一歩を踏み出したエドであったが、現実はそう甘くなかった。スタジオや路上でのバスキングを重ねるも足を止める通行人は少なく、程なくしてロンドンの高い家賃を払い続けることが出来なくなったのだ。

こうしてホームレスになったエドは、知人の家や地下鉄、バッキンガム宮殿の門、時にライブを観に来た観客の家で夜を明かす生活をおよそ3年間続けた。

そんな中で、最初にエドが身を置いたコミュニティがグライム・シーンだった。

グライムは1999年のイーストロンドンで流れていたラジオで、MCだったワイリー (Wiley) がジャングルのリズムに重ねたラップパフォーマンスに起源を持つ。

2000年代のUKシーンにおけるグライムは、「ダンスホールとヒップホップの要素を融合させたポピュラーミュージックのスタイル」と定義され、70年代にヒップホップがニューヨークで生まれた時のように、革新的で求心的なムーブメントであった。

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アコギを片手に勝負するスタイルゆえに、バンド・ブームが再興していた2000年代のUKギターコミュニティに居場所を見つけることができなかったエドは、まさに“1人”で勝負することが当たり前のグライムコミュニティに受け入れられたのだった。

エドは2011年にEP「No.5 Collaboration Project」においてワイリーやデヴリン、JMEといったグライムMCと共演を果たし、ワイリーとはその後「If I Could」でもタッグを組んだ。

こういった苦しい生活の中で、2009年には年間312本のライブを行い、また自主制作でEPを制作していたエドは、2010年7月にリリースしたEP「Loose Change」がロングヒットを記録。シルバーディスクを獲得するなど、地道にファンを獲得していった。

そして同年、アメリカ・ロサンゼルスで決まった1本のライブ出演のツテだけを頼りに、アメリカの音楽シーンに殴り込みを仕掛けた。

ノーアポでバーやクラブに飛び込み営業をかけたのである。これを可能にしたのは、アコギ1本さえあればどこでもパフォーマンスができるというフットワークの軽さだった。



なによりライブを優先させたいと考えていたエドは、「オファーが来たら何でも拒まず受けて、ギターを持って電車に飛び乗って会場に向かい、一人でライブをやるっていうのが僕の思い描いていたイメージ。」と話す。

バンドを組むことで他のメンバーの都合によりせっかくのオファーを受けられなくなることや、ギャラの配分などで面倒なことが起こるのを避けたかったのだ。

加えて「僕は自分の実力で生きていく、こういうスタイルで心から満足していたし、リュックサックとギターを担いでどこでも行くっていうのが性に合っていたんだよね」と、自身がソロとして活動することを選んだ理由を述べている。




ロサンゼルスでは劇的に物事が動き始めた。エドの音楽に魅了されたハリウッドスターのジェイミーフォックス (Jamie Fox) が、自宅のカウチに寝泊まりし、併設するスタジオを自由に使って良いと申し出たのである。
そして自身のラジオ番組にエドを出演させるなど、多くのバックアップをしてくれた。

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エドを支えたハリウッドスターのジェイミー・フォックス

2011年、ついにその時がやってきた。
ロンドン・カムデンタウンのライブハウス「Barfly」で、アコギを片手にラップを披露するエドのパフォーマンスに、1000人近いオーディエンスが熱狂しているのを目の当たりにしたアサイラム・レコードのA&Rが契約を即決したのだ。

20歳の誕生日を目前に控えたエドは、憧れの1人であったボブ・ディランが所属するレーベルとの契約という、夢にまで見たバースデープレゼントを手に入れたのだった。

当時のアサイラムレコード代表ベン・クックは「彼はラップをやっていて、観客は真剣に聞いていた。その後、女の子たちが熱狂するロマンチックな曲も演奏したよ。」と、その多様な音楽性に魅せられたことを明かしている。

そして同時にエルトン・ジョンのマネジメント「ロケット・ミュージック」とも契約を果たした。エルトンもまた、エド・シーランに魅せられた多くのうちの1人なのである。

ノーマークの新人、衝撃のデビュー

デビューシングル「The A team」は全英3位・全米16位を記録したヒットシングルとなった。

エドは日常を綴ったメモから曲のリリックを抽出する事が多く、「The A Team」はロンドンでホームレスだった時期の体験をベースに書かれた。

コカインを売り捌いていた友人のジョニーから重度の薬物中毒者を意味する「A Team」、ホームレスシェルターで出会った薬物中毒の女性からは「Day Dream」や「Crumbling like a pastries」といった言葉を導き出し、18歳のある日たった20分で書き上げてしまったのだという。


現実逃避のためにドラッグに溺れ、生活のために体を売って得たお金をまたドラッグに使ってしまう。
優しく軽やかなメロディとは裏腹に、抜け出したくても抜け出せない負の連鎖に苦しむ女性を歌い上げたナンバーは、その意味を知ってこそ心を揺さぶる味わい深いものになるだろう。

1stアルバム「+(プラス)」

エドがレーベルとの契約を果たした時、すでにアルバムを製作するには十分なストックがあった。こうして今までに書き上げていた曲を足し合わせて、ファーストアルバム「+ (プラス)」が完成した。

当時エドが想いを寄せていたある女性について書かれた曲がその大半を占め、オーセンティックなフォークバラードやポップを中心に構成されるアルバムの中でも、「You Need Me, I Don’t Need You」ではグライム仕込みのラップを惜しげもなく披露している。

大手音楽メディアも全くのノーマークだった存在が発表したアルバムは全英チャート初登場1位、初回出荷は10万枚を超え、発売前からゴールドディスクを獲得するメガヒットを飛ばした。

最終的にトリプルプラチナを獲得し、2011年の英国で9番目に売れたレコードとなったのだ。

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「+」のオリジナルジャケットはオレンジに染められている。これは自身のアイデンティティーである赤毛を連想させるためだ。

欧米では、時にからかいの的ともなる赤毛だが、エドは「僕がごまんといるシンガー・ソングライターの中で目立つことができたのは、髪色のおかげだよ」と語るなど、自身の赤毛をとても気に入っている。


エドの多様な音楽性が爆発した「+」は、何かのジャンルにカテゴライズされるほど単純ではなかった。そのため大手メディアの評価も二分されることになる。とりわけインディロックの老舗NMEは10点満点中3点と、あからさまに低評価を下した。

これに対してエドは「音楽メディアが僕のことを気にくわないと思っている理由はひとつで、それは僕が彼らと無縁のままレコードを作り、成功しちゃったからだよ」と笑った。

そして「中には気が付かなかった自分達の負けだと認めて、好意的な記事を書いてくれたメディアもあって、そういうところではアルバムも高評価だった。反対に逆ギレ気味のメディアもあるけれど、レコードを買ったり、ライブに来てくれたりするのはそういう連中じゃないからね。僕にとって1番大切なのはファンなんだ。」と続けた。

彼は決してNMEのようなメディアに評価されたくて曲を書いているわけではないのだ。

You Need Me, I Don't Need You

「+」に収録される曲の中でも、異質な存在感を放つのがこの1曲だ。15歳の時に書き上げたこの曲は、閉塞感のあった当時の音楽業界に対する収まりきらない怒りが歌われている。

「今だとメジャー(レーベル)と契約がまとまるのはアデルみたいな女性シンガーばかりだ。でもそんなのを10人集めても、アデル本人がいる以上は何の意味もない。どうせ契約するならガラっと違うタイプじゃないと」

こう話す背景には、15歳のエドが赤毛やループペダルという独自のスタイルをインディーレーベルから否定され、型にはめ込まれようとしていたことがある。

「You Need Me, I Don’t Need You 」のYouとはまさに当時のレーベルのことで、「君らは僕を必要とするだろうけど、僕に君らは必要ない」と自身のスタイルで我が道を行くことを宣言しているのだ。

自身に対してのメッセージであろうか、エドのライブはいつもこの曲で締めくくられる。

Drunk

「+」に収録される曲の多くがある1人の女性に向けて書かれている。その中でも「Drunk」は、その女性との別れに心をかき乱されるエド自身の感情がストレートに歌われる一曲だ。

その名の通り、君がいないことを自覚してしまうくらいなら、酒に飲まれて全てを忘れたいという切ない感情は、誰しも心に刺さるものがあるだろう。

この曲が10代の間にほとんど完成していた楽曲だということを考えると、彼がいかに感受性に富み、同世代はもちろん、その少し上の世代までもの共感を呼ぶ稀代のリリックライターとしての才能を持ち合わせていたかが分かる。

コーラスで「小さな愛を感じられるから、また酔っ払うんだよ」と歌われるパートは、18歳で飲酒が許される国の青年だから書けたという単純な話ではないのだ。

Small Bump

生まれる前に子供を亡くしてしまった親友に向けて書かれた1曲。曲のラストまでは、4ヶ月後に控える我が子の誕生を心待ちにする親心が歌われているように思える。

しかし最後のフレーズで

「君はお腹の中の小さな命で、4ヶ月後には会えるはずだった。でも君は天に召されてしまったし、それがなぜなのか僕らはいまだに分からないんだ。」

と歌われることで、この曲が決して会うことの叶わなかった我が子を想った、切なくやりようのない気持ちが表されていたことに気付かされる。

ストーリー性のあるリリックと、それを察することでより深く感情を揺さぶられる楽曲は彼の特徴の1つである。

Lego House

「Lego House」もまた、同じ女性に向けて書かれた曲だ。愛する人と関係を築き上げていくことを、レゴのピースを組み立てて家を作ることになぞらえたナンバーは、エドの心から発せられる純粋な想いが溢れ出たラブソングである。

ただ「もしうまくいかなかったら、壊せばいい」という歌詞は、強く相手を想うがゆえに中途半端な関係なら欲しくないとでも言うような、一種の喪失感と関係を築き上げる難しさへの悩みを感じさせる。

こうして純粋な愛を歌っただけではなく、どこかに影を感じさせること。そして1度聴いただけでは感じきれない歌詞の深みこそが、多くの人の心に刺さる所以であり、この時期のエドが作る楽曲の特徴である。

キャリアの上昇気流

エドの初めてのツアーは2012年、スノウ・パトロールのツアーで前座を務めたことだ。

スノウ・パトロールのボーカルであるジョニー・マクデイドは「ツアー初めは、エド目当てのお客さんは200人くらいだった。それがツアーの中盤では2000人位に膨れ上がって、最前列を埋め尽くしていたんだよ。」と当時を振り返っている。

 

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若かりしエド・シーラン

この年には、今や言わずと知れた仲良しである歌姫、テイラー・スウィフトとの出会いを果たしている。

エドのことを全く知らなかったテイラーだったが、「『Speak Now』のツアーでオーストラリアにいた時に、たまたまラジオから流れてきた『Lego House』を聴いたの。他のものが何も聴こえなくなるくらい、強烈に響いてきたわ。」と、一瞬でエドの天使のような歌声の虜になったことを明かしている。

こうして同年、「Everything Has Changed」の共作が決まったのだ。テイラー邸の裏庭で行われたこの曲の製作過程にはちょっとしたエピソードがある。

ギターのコードに関して意見が分かれた際に、当時すでにポップスターとしての地位を確立しグラミーも獲得していたテイラーは、そのトロフィーが飾られている棚を指差し、エドは泣く泣くテイラーの意見に従ったのだという。


こうした冗談を言い合えるほど、2人はお互いをアーティストとして尊敬しているのだ。

翌2013年には、テイラーのツアーのOPアクトとして北米66都市を回った。そしてこれは、エドのキャリアを推し進めるには十分すぎるものであった。

ツアーを通して新たな人脈を広げていった事はもちろん、全てが新鮮な環境に身を置いたエドの中で、その音楽センスがまた新たな段階へと足を踏み入れたことは想像に難くないだろう。

そして満を持して発表されたアルバムこそが、後に全米を制覇することになる「× (マルティプライ) 」だ。

2ndアルバム[×]マルティプライ

「僕としては前作と同じやり方で寄ろうと思っていた。でもたまたまリック・ルービンやファレル・ウィリアムス、あるいはベニー・ブランコといった人達から、ありがたいことに声がかかったんだよ。」

エドがそう語るように、マルティプライはエドが持っていた色とりどりな音楽性に、大物プロデューサーやアーティストのエッセンスが、まさにアルバムのタイトルの通り“掛け合わさって” 生まれた偶然の賜物なのである。

中でもアデルの「21」やレディー・ガガの「ARTPOP」を手掛けたリック・ルービンをプロデューサーに迎えた事は、このアルバムの成功を確約したといっても過言ではなかった。

元は90年代にオルタナで一世を風靡した彼は、2010年代にはポップスをプロデュースするほどに手腕を上げ、エドのアルバムを何段階も昇華させた。

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世界的なプロデューサー、リック・ルービン

マルティプライは全英・全米でチャートのトップを獲得し、「Spotify」では2014年にもっともストリーミングされたアルバムに認定された。

同アルバムのシングルカット「Thinking Out Loud」は2016年のグラミー賞で最優秀楽曲賞・最優秀ポップ・ソロ・パフォーマンス賞を受賞するなど、稀に見るロングヒットを記録した。

同作のツアーでは、ウェンブリースタジアムでの3Days公演が完売。
たった一本のアコースティックギターのみで、述べ24万人を熱狂の渦に巻き込むことができたのは、いまだかつてエド・シーランたった一人だ。

Thinking Out Loud

これ程までに純粋でストレートなラブソングが今まであっただろうか。

自身は「ハッピーであり悲しくもある曲。『幸せいっぱいの門出なのになぜか涙を流してしまう』みたいなノリでこの曲を聴いて、涙を流してくれたら嬉しいな。」と語り、アルバムの締め括りとしてこの曲が完成した時、他のどの曲よりも間違いなく良いと分かったという。

驚くべきは、共作していたウェールズ出身のシンガー、エイミー・ワッジが何気なく弾いたサウンドにインスパイアされたエドが、ものの20分で完成させてしまったということだ。

「きっと70歳になっても23歳の時と同じように君を愛し続けているだろう」や「僕は毎日君に恋するんだよ」さらには「僕がもう今のようにギターを弾けなくなっても、君が愛し続けてくれると分かってるよ」など、非常にシンプルでギミックのない愛を歌ったナンバーは心に響かないはずがない。

Sing

ファレル・ウィリアムスとコラボを果たした「Sing」はまさに、エドがジャンルという属性を凌駕する存在である事を世間に知らしめた。

ファレルのアイディアはエドにしてみれば斬新でありえない事のように思えたというが、それが結果的にエドの殻を破って、新たな可能性を見い出すことに成功したわけだ。

「ファレルとしてはこれまでになかった事をやりたがっていて、彼がイメージしていたのは『アコースティックギターで皆んなを踊らせる』っていう、まず滅多にありえない事だったんだ。」と製作秘話を明かしたエドであったが、それはまさに功を奏したと言えるだろう。

この曲を聴けば、体は自然とリズムを刻むうえに、口は「SING」の掛け声に続いて「Oh oh oh 〜」と口ずさまずにはいられないのだから。

ちなみにPVに出演するパペットの名前はテッド・シーランで、アルバムキャンペーンの初期に投じた予算よりもはるかに値が張るほどに高額なものである。

Photograph

映画「世界一キライなあなたに」の挿入歌として話題をさらったこの曲は、エドにとって愛するとはどういう事なのかが歌われた至極のラブソングだ。

深く傷つく事もあれば、癒されることもある。そんな繊細で儚い愛ならば、いっそ写真の中に閉じ込めて、ずっと大切に持ち続けたいと願う気持ちが、アコースティックギターとピアノのミニマルなメロディに乗せられるこの曲を耳にしたら、きっと大切な誰かの顔を思い浮かべるはずである。

 
 
 
 
 
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映画は、事故で障害を負い生きる意味を失っていたウィリアム(サム・クラフリン)が、ルイーザ(エメリア・クラーク)との出会いを通して、明るく前向きな性格を取り戻していく。

しかしながら、最後は自分が兼ねてより決めていた時期に安楽死を選ぶ、というまさに愛の持つ偉大な力を感じさせると同時に、その儚さと微力さに心打たれるストーリーとなっている。

Don't

僕なりのリベンジだと語る「Don’t」は、かなり衝撃的な内容だと言えるだろう。

テイラーのツアーに帯同していたある夜のホテルで、当時のガールフレンドが友人と浮気をしているのを目の当たりにした経験が題材となったこの曲は、普段は温厚なエドの怒りがぶつけられた珍しいナンバーだ。

「誰かの次になるつもりはないし、まさか相手が彼だとは思わなかった」、「僕がこうして歌っているから、彼女は気付くだろうね」などの歌詞は、エリー・ゴールディングとワン・ダイレクションのナイル・ホーランのことを歌ったという見方が最有力である。

エリー・ゴールディングはのちに「On My Mind (2016) 」で「あなたは私の心を欲しがった、でも私はあなたのタトゥーが気に入っていただけ」と、全身に多くのタトゥーを彫っているエドを思わせる歌詞を書いている。

なお、ナイルとはすでに仲直りをしており、2人は良好な関係を続けている。


ベニー・ブランコの所有するニューヨークのアパートでたった2時間で作り上げたこの曲の制作過程を、エドは「精神的にギリギリだったけど、永遠に残る曲が書けそうな予感があった」と振り返り、ベニーは「何もない “無” の状態から曲が生み落とされたんだよ」と興奮した様子で回想する。

One

前作「+」の多くの曲のモデルとなった女性とのストーリーを締めくくる1曲。
+」の最後に収録される「Give Me Love」と「×」の最初に収録される「One」の2曲によって、この女性とのストーリーは完全に終わりを告げるのだ。

「 “One” は1つの恋の終わりを告げている曲で、いわゆるグッバイソングにあたるんだ。それと同時に “僕には君しかいない” というメッセージを改めて歌っているものでもあるんだけどね。」と語るように、

愛していながらも叶わぬ恋の終わりを自覚する切なさが、ハスキーで今にも途切れそうな声で歌われるナンバーは間違いなく胸に沁みるはずだ。

Take It Back

「ここ3年、ネットで言われていることに対するフラストレーションの全てを詰め込んだ」と話した「Take It Back」は、フローのある韻を踏んだナンバーで、グライムのエッセンスを感じさせる。

NMEが売れる部数よりも2倍は売れるだろうけどね」など、皮肉のこもった歌詞も多いが、これはエドがごく一般的な感情を持ち合わせた、親近感の湧く男だということを感じさせる。

「僕はそれほどダークな人間ではないんだけど、それでもダークな瞬間っていうのは誰にでも訪れるもので、僕の場合はそういう状況に陥った時は曲を書くんだ。」と語るように、ダークなエド・シーランを垣間見ることが出来る貴重な1曲だ。

I See Fire

映画「ホビット 竜に奪われた王国(2013)」のエンディングテーマとして書いた「I See Fire」は、サントラに収録される曲でありながらポップ・チャートに食い込む異例のヒットを生んだ。

ドラゴンやドワーフなどについての曲がヒットした理由を「北欧っぽいサウンドの曲だから、それで売れたのかもね」と驚いた様子で話しているが、映画のサントラという表現の幅が限定される中にあっても、キャッチーなサウンドを作り出すことができるのはエド・シーランだからである。

休業を経て、世界一のソングライターへ

デビューから休むことなくスターダムを駆け上がってきたエド・シーランには、些か問題が起きていた。
テイラーのツアーに帯同していた時期から、彼は少しづつ自分を見失い始め、スパイラルに陥る回数も増えていったのだ。


「世界で1番素晴らしいツアーに参加していた。ただ俺は自分の居場所がない国の、知り合いがいない町に住んでいたんだ。」と話すように、エドにとって2013年は、キャリアの飛躍とは裏腹に「かなりぼやけた1年だった。」という。

「+」にしても「×」にしても、これまでのポップシーンの常識を覆したのは、異様なまでのロングヒットという点で、のしかかり続けるプレッシャーがエドを酒とドラッグに走らせたのだった。

加えて、SNSに寄せられるコメントのたった1つにひどく心を傷ませることも増え、友人からは車の写真とともに「誕生日にはこれが欲しいかな!君の年収のたった0.6%だよ」といったメールが届くようになった。

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エドはエルトンはとても信頼している

キャリアで困った時はエルトンにアドバイスを求めてきたと明かすエドであるが、今回も例外ではなかった。

「エドはそこら中で見かけるほど(忙しそう)だったからね、僕は言ったんだ。『エド、僕はもはや君に飽きつつあるよ。どこかに行ってしまいなさい』ってね。

エドはそれに従って、ガールフレンドと共に極東へ向かったんだ。素晴らしい時間を過ごして、ふくよかになって、食べ物を食べて、帰ってきたんだ」とエルトンは明かしている。

エドはエルトンに言われたアドバイスの通り、半年間の休養を取ることにしたのだ。そして2016年のグラミー賞に出席したのち、その足で世界中を旅して回った。恋人のチェリーとともに。

 

 
 
 
 
 
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ヨーロッパにアフリカ、そして日本にも長く滞在し、北海道から沖縄までを縦断した。

北海道のスキー場では、たまたま「×」を持ち合わせていた熱狂的なファンと遭遇したり、沖縄では缶ビールにウイスキーを足すという独特な飲み方を教えてもらったり、東京ではエリッククラプトンのライブに飛び入り参加したりしたのだ。日本が大好きだと話す彼は、納豆にも初挑戦したという。


「より見渡しの良いビジョンをもたらしてくれたし、おかげで自分の生き方についてももっと折り合いがつくようになったし、人としても自分に折り合いがつくようになったと思うよ。」

と語るように、この半年間の旅はポップスターとしてのエド・シーランをいい意味で忘れさせ、純粋に音楽を楽しむ心を思い出させてくれたのだ。

エドは旅を通して世界中でインスピレーションを溜め込んでいった。表舞台からは離れていた半年間であったが、自由な感性を取り戻し、そこに新しい刺激を加えていったという意味で、アーティストとしては大きな進化を遂げた半年間であったとも言える。

 

 
 
 
 
 
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そして、2017年の1月1日。休業の終わりとともに新曲の完成を発表。そして1月6日の早朝5時、満を持してリリースされたのが、まさに世界を席巻した「Shape Of You」と「Castle On The Hill」の2曲なのである。

 
 
 
 
 
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3rdアルバム[÷]ディバイド

3月3日。およそ2年の月日をかけて製作されたサードアルバム「÷」がリリースされた。「家族の物語を紡いだ」と話すように、まさにエド・シーランを形成した全ての人々のストーリーが紡がれた、今までで最も強い意味を持つアルバムだ。

ベニー・ブランコ、ジョニー・マクデイド、エイミー・ワッジ、フォイ・ヴァンス、ジュリア・マイケルズら、豪華絢爛な面々が一同にマリブの邸宅に集結し曲作りに励むなど、これまで以上に新たな手法に挑戦した今作は、まさにキャリアの最高傑作だ。


「今ある全てを出し切った。作詞、作曲と音楽的能力の全てを出し切ったと言える。今がキャリアの絶頂期で、下り坂の人生だとしても、70歳になった僕はきっと本作を最高傑作だと思うだろうね。奇妙な感覚だけど、『+』と『×』を超えてキャリアの集大成になる。奇跡が起きている。」と語っている。


「Castle on the Hill」「Shape of You」の先行シングルの記録的ヒットに後押しされた本作のセールス目標は、アデルの「21」・「25」を抜くことだった。

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エドが模範とする同じ英国出身の歌姫アデル

「音楽業界でアデルを目指さないやつは負ける。だって彼女の楽曲って100%彼女のハートとソウルから生まれたものだから」

と語るように、心から生まれた曲こそが音楽だと信じるエドにとって、アデルは常に目標となる存在なのだ。

「アイディアは尽きないね」という言葉の裏に見え隠れする自信の通り、このアルバムはエドの溢れかえるアイディアと、もはや言わずと知れたバラエティに富んだ才能とが化学反応を起こし、それぞれのジャンルについてエキスパートな一曲を作り上げることに成功したと言える。

 

 
 
 
 
 
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「様々なジャンルを感じさせるものにしたかったんだ。各スロットごとにジャンルを設定して、そのスロットごとに5、6曲は書いて、そのうち1番良い曲を収録したわけだよ。」

と明かしたように、本作のために70曲近くの曲を書き、最終的にそのうち最高の出来であった16曲を収録したアルバムは、まさにエドの多彩な才能のそれぞれが、縦横無尽に“枝分かれ”を繰り返した先に大輪の華を咲かせた、過去に例を見ないアルバムだ。

Eraser

ずっと欲し続けた名声を手に入れたことが、かえって彼を苦しめることになった事を皮肉混じりに題材にした曲。

スターになるにつれて、家族や友人らとの心の距離を感じ始め、その悲しみを消し去るために酒やドラックなどに溺れるようになった過去を歌った曲は、休業を経て愛や心の繋がりを取り戻し、精神が安定しているがゆえに歌うことが出来る。

そして同時に、「お金や名声は悪の根源で、世界に存在するそういった憎しみは僕が消し去り続けるよ」というメッセージが込められているのだ。

生まれ変わったエド・シーランを象徴する、大きな意味を持つ1曲だ。

「僕は成長したと思うけど、ダミアンの誇りにはなれたかな」というフレーズは、エドが永遠の憧れとするダミアン・ライスに認められたい気持ちが歌われている。

Castle on the Hill

フラムリンガムで過ごした日々が、今も色褪せることのない大切な想い出であることを歌うナンバーは、アップテンポなロック曲である。

「アンセムとして響くものにしたかった」という言葉の通り、今や大きなスタジアムに何万人も動員するライブにおいて「Castle on the Hill」以上に会場全体が一体感と熱気を帯びるアンセムはない。

元々は違う歌詞だったというが、「タイニーダンサー(Tiny Dancer)を歌いながら」のタイニーダンサーとはエルトン・ジョンの楽曲のことで、実際にエドは田舎道をドライブしながらこの曲を聴いているという。

タイトルにもなった「Castle on the Hill」、つまり丘の上の城とはフラムリンガム城のことで、「we watched the sunset over the castle on the hill」とはまさに、フラムリンガム城の向こうに沈む夕陽をエドが見ていたということなのだ。

エドがずっと大切に持ち続けているフラムリンガムの記憶を、濁りのない心地よいロックなサウンドに載せたナンバーは、時代を超えて愛されるアンセムである事は間違いない。

 

 
 
 
 
 
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フラムリンガム城の向こうに沈む夕陽

Dive

「僕が夢中になってしまう前に、真実を教えてよ」と、自分が愛する人の気持ちが分からなくて心を悩ます気持ちが歌われたナンバー。

ただこれが今までのエドのリリックと大きく違う点は、とても健全で、ある種ポジティブな悩みを感じされる点で、どこかその状況を楽しんでいるかのような余裕を感じさせることだ。

「君がその言葉を信じられないなら、僕を必要だなんて言わないでくれよ」の一節はジュリア・マイケルズが即興で思いついた歌詞がそのまま採用されたものだ。

これまでのラブソングよりも、俯瞰的なスウィートといったテイストに寄った中でも、1つ1つの言葉選びにエド・シーランにしかないセンスを確と盛り込んでいる。

Shape of You

各国チャートのトップを獲得しただけでなく、Spotify史上最もストリーミングされたこの曲は、元はリアーナのために書かれたことは周知の事実だろう。

R&Bテイストを土台に、トロピカルハウスやレゲトンのエッセンスを重ねたサウンドは、往年のエドの楽曲には他に例を見ない新しい挑戦だった。

リズミカルでキャッチーなダンスホールを連想させるメロディに載せられるリリックは、「ヴァン・モリソンを流してダンスを始めよう」や「僕らは痩せているから、初デートはビュッフェに行った」といったもので、なんとも庶民的な対比がエドらしさを感じさせる。

そしてまた、新たなナイトシーンを象徴するこのダンスポップが、朝の11時に、紅茶を片手に書き落とされたという点も、なんともエドらしいというべきであろう。

Perfect

「÷」の発売から半年後にシングルカットとしてリリースされた「Perfect」は、英国でベスト・クリスマスソングに選ばれるなど、新たな定番ラブソングとなった。

本格的なオーケストラにアコースティックギターとコーラスを加える新鮮なアイディアは、音楽家の兄マシューとタッグを組んだからこそ成し得た成功だ。

伝説のロンドン・アビーロードスタジオで行われたレコーディングは、誰も失敗できない緊張感の中で、本格的なオーケストラの生演奏に合わせてエドが歌声を重ねていった。

静寂に包まれた4分半は、お調子者のベニーでさえも背筋を伸ばしてしまう時間だったという。


「『Thinking Out Loud』を超えるラブソングを目指した」と語るように、エドの真骨頂とも言えるストレートで濁りのない“愛”が描かれている。

そう、これは恋人・チェリーに向けられた曲なのだ。



「僕らが初めて恋に落ちた時はまだ幼すぎて、それがなにかすら分からなかったけど、今回は君を諦めたりしないよ、ダーリン」とあるように、二人は同じ小学校に通っていた。

16歳でお互いに故郷を離れ、そこから連絡も取っていなかったが、ニューヨークで奇跡的な再会を果たし結ばれたのである。


そんな嘘みたいで本当の話を題材にした歌詞は、エドがチェリーとの将来を描いてることがよく分かる。
「今夜の君はパーフェクトだよ」の歌詞のように、まさしく完璧なパートナーの元で幸せに暮らすエドには、もう酒やドラッグは必要ない。

Galway Girl

自身のルーツでもあるアイリッシュ・ミュージックへ挑戦した1曲は、アルバム最高の出来といっても過言ではない。
エドが所有する「Decoy Studios」の前にある大きな木の下で、フォイ・ヴァンス、ジョニーマクデイドと共作した。

「伝統音楽にラップの要素を加えたい」と話したように、ロックサウンドから始まり、フィドルやアコーディオンの加わった画期的なメロディには、エドのラップが重ねられる。

「Galway(ゴールウェイ)」はアイルランドの港町であるが、歌詞の「You’re my pretty little Galway Girl」は当初、「Port Laoise(ポート・レーイシュ)」や「Derry(デリー)」といった他のアイルランドの都市になる予定だった。

「グラフトン・ストリート(ダブリン)にあるバーで彼女に会った」や「ヴァン・モリソンをジュークボックスでかけて、踊りだす」といったアイリッシュな要素が散りばめられて、私たちはアイルランドへ想いを馳せずにはいられない。

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MVに出演した女優シアーシャ・ローナン

ちなみにエドは、MVに出演したシアーシャ・ローナンの手書き文字で楽曲タイトルのタトゥーを入れようとしたのだが、シアーシャとエドのツアーマネージャーのいたずらによって実際には「Galway Grill(ゴールウェイ・グリル)」と彫られている。

Happier

2015年、友人の結婚式帰りに、元恋人が新しいボーイフレンドといるところに遭遇してしまった経験を、「僕といた時より幸せそうだったね」「僕は君といた時のほうが幸せだったけど」と切なく回想する一曲。

ベニーが飛行機に乗れないため、イギリスの大型豪華客船クイーン・メリー2の中でもレコーディングが行われた。

「部屋の端に座っている。全てが君の記憶を蘇らせてくる。ボトルを空にして、『お前は今の方が幸せ、そうだろ?』って言い聞かせているんだ」

というヒリヒリした痛みを伴う歌詞は、まさにこの船内で生まれた秀逸な一節だ。

最大の魅力は、なんといってもグサグサ突き刺さるリリックにある。
「誰も僕のしたように君を傷付けないだろう。でも、誰も僕のように君を愛することだって出来ないんだよ」や、「僕より見合う人がいることだって分かってる。でもまだ君を愛しているんだよ」といったフレーズには、いつかの恋を思い出してしまうのではないか。

What Do I Know?

「僕はワンマン・ショーの少年」「ピアノとベースとギターがあれば世界を変えられるかもしれない」など、非常にパーソナルな経験と思いの詰まったこの曲は、エドのバイオグラフィーとも言えるナンバーだ。

「現に世の中には憎悪が満ちていることを明示する必要があるっていうか。特にミュージシャンがあまり意見を振りかざすと、途端に袋叩きに遭ったりするものだから、僕としてはこういう意見を言わせてもらうけど、別に何かを分かったつもりになってる訳じゃないよと断っているんだよ」

と語る様に、「愛は一瞬で世界を変えられるんだよ」という最大のメッセージに続くのは、「でも、僕には何が分かるんだろうね」という皮肉のあるリリックだ。


様々なアーティストが社会にメッセージを放ち、政治的にも明確な立場を表明している中で、大卒の資格を持たず、ひたすらに曲を書き続けてきたエドなりのメッセージとしては「愛は世界を変えられる」という極めてシンプルなものである。

そしてそれは政治的な問題も含めて、全ての問題を解決する可能性を秘めているようにさえ思えるのだ。

How Would You Feel (Paean)

「もし愛してるって伝えたら、君はどう思うかな?」と歌われる1曲もまた、チェリーへ向けて歌われている。

ロンドンに遊びにきたチェリーがニューヨークへ帰る際、空港へ向かうタクシーの中でわずか15分で書き上げたこの曲は、当初アルバムに入る予定はおろか、エド自身は書いた事すら忘れていた。

アルバムの試作品が完成して、チェリーにどの曲がお気に入りか聞いたところ、「あなたは忘れているかもしれないけど、アルバムには入っていないメールで送ってくれた曲が好きよ」と答えたそう。
そうしてエドは急遽この曲をレコーディングしたのだった。

(Peaen)の意味が様々な憶測を呼んだが、これはチェリーのミドルネームであり、まさしく彼女のためだけに書いたラブソングなのだ。

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プライベートでも親交のあるジョン・メイヤーとエド・シーラン

ちなみに、この曲のギターソロがどうしてもしっくりこなかったエドは、ジョン・メイヤーに依頼して弾いてもらった。

こうして、今世紀最高のギタリストのコラボが果たされたメロディには、時間を忘れる程に引き込まれてしまう。

Supermarket Flowers

アルバム収録曲の中で最後に完成したこの曲は、エドの母親の視点からエドの祖母の想い出を描いた1作だ。

実はアルバムの完成間近に祖母は亡くなってしまい、その病室を片付けるシーンの描写から歌詞は綴られている。

歌詞に出てくるマシューとはエドの兄のことで、母親が落ち着いてから家族の前でレコーディングをした際は、皆が涙を流したという。

「心は砕けて、引き裂かれてしまいそうなの。でもそれは、あなたに愛されていたからだって分かってるわ」などの歌詞と、繊細で美しいとピアノの音色には、心を打たれてしまうだろうし、ふと涙が溢れてきてしまう。

Barcelona

スペインを旅した際に得たインスピレーションを形にした1曲は、所々にスペイン語の歌詞が盛り込まれている。

「月の光が君の美しい瞳に反射して、輝いているのに恋に落ちたんだ」なんて素敵な歌詞は、チェリーの淡いエメラルドグリーンな瞳にインスパイアされたのかなと思ってしまう。

 

 
 
 
 
 
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バルセロナに訪れた際は、「ランブランス通りで出会って、サクラダファミリアで踊るんだ」のように、情熱的な恋に落ちたいものだ。もちろんサングリアを飲みながら。

Bebia Be Ye Ye

休業中、Fuse ODG(フューズ・オー・ディー・ジー)に招かれてガーナを訪れた時に書き上げたこの曲のタイトルは、地元のトゥイ語で「きっとうまくいく」という楽観的な意味を持つ。

地元のミュージシャンたちと寝食をともにしながら共作した1曲では、アフリカンテイストを存分に吸収し、エドがそのキャリアの中にまた新たな音楽性を加える事に成功したと言える。

パーカッションに合わせてアコースティックギターをフィンガーピックで弾く陽気なメロディは、きっと「人生なんとかなる」と思わせてくれるに違いない。

Nancy Mulligan

戦時中に出会い、宗教や親の反対などの障害にも負けず、最後には駆け落ちをして結婚したエドの祖父母のストーリーを、祖父の視点から歌った1曲。

アイルランド人である祖父母へ敬意を示して、「Galway girl」のようにアイリッシュサウンドを強く意識している。

しかし、曲の土台となるのは情熱的でノスタルジックなジプシーミュージックだ。
フィドルやアコースティックギターの音色の1つ1つは非常に短く、単純な音階が多用されるのがジプシー音楽の特徴である。

エドが祖父についてを曲にするのは「×」に収録される「Afire Love」に次いで2回目のことであるが、この曲は「金歯で婚約指輪を作った」など、よりパーソナルな事実に基づいて描かれており、エドの素敵なルーツを知ることが出来るだろう。



世界一のツアーと結婚

÷」は2017年、世界で最も売れたアルバムになった。セールスは現在およそ1300万枚。これは英国でアデルの「21」・「25」、自身の「×」に次いで4番目のヒットとなる。

×」は1400万枚であるから、その差はおよそ100万枚という事になるが、過去数年でストリーミング配信サービスが急速に普及し、CDの売り上げが猛烈に下がっている音楽業界の現状を考えると、
それでも1300万枚の売り上げを記録しているのは、極めて破格のヒットを飛ばしていると言える。

本国イギリスにいたっては、シングルチャートのトップ20の中に、エドの楽曲が16曲もランクインを果たし、のちにチャートの集計方法が変更になったのは有名な話だ。

日本では「Shape of You」が国内初の1億回ストリーミングを突破し、いまだにヒットチャートを賑わせている。Spotify Japanでは週間チャートで21週間トップを独占し、デイリーチャートにいたっては423日連続でトップを獲得。

つまり12ヶ月にわたって、その日に日本で最も再生された曲が「Shape of You」だったというわけで、いかに猟奇的なヒットだったのかが分かる。

1年2ヶ月に渡って日本で最も再生された

こうして始まった「÷」のワールドツアーは、世界中の会場を観客で埋め尽くした。

しかしツアー途中の201710月、自転車事故で右手首と左肘を骨折。
このままツアーを続ければアーティスト人生は終わるという医師の診断によって、このツアーは中断される事となる。

 

 
 
 
 
 
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実はエドにはこういった節がある。

2013年にはアリーナライブの予定されていた前日の明け方4時に、ビール瓶2本を手にドラムを叩く真似をしていた。テーブルを叩くと、飛び散った破片がエドの右手に突き刺さったのだった。(アリーナライブは敢行している。)

またある時は、ベアトリス王女主催のパーティに参加し、式典で使う本物の剣で遊び始めた。そうしてエド曰く、ジェイムス・ブラントに右の頬を斬りつけられ病院に搬送された。
というのも、エドは人気ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」の大ファンなのだ。

 

 
 
 
 
 
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ゲーム・オブ・スローンズの大ファンであるエドは、シーズン7にカメオ出演を果たした

10月末に予定されていた日本公演は、もちろん直前で延期となった。

2012年の代官山UNITでのライブ以来となる来日公演は、エドにとっても、日本のファンにとっても、とりわけ楽しみなものであった。
わずか550人規模のライブハウスから始まった日本でのストーリーは、その25倍を収容する聖地:日本武道館へと会場を移していた。


ツアーはおよそ1か月のブレークを経て再開し、翌年4月に日本武道館・大阪城ホールでの3days公演を成功。

「日本ではこれまで大きなヒットは無かったからね」とエドも話すように、「÷」でエドを認知したファンも多い中、そうしたニューカマー層はもちろん、昔からのコアな層をも熱狂の渦に巻き込んだ。



現在も続くこのワールドツアーは、興行収入が7億3,670万ドルを突破し、Pollstar社が調査を開始した過去30年で歴代最高となる興行収入を記録している。

加えてツアーのチケット価格は、「2018年度ツアー・チャート」のトップ10に選ばれたツアーの中で、もっとも低価格であったことは驚きだろう。

とにもかくにも、「÷」はこの惑星の歴史の中で、最も人々の心を掴んだアルバムだと言うことだ。

そんな折、2017年12月に恋人チェリー・シーボーンと婚約を果たした。

 

 
 
 
 
 
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チェリーは、平日は金融コンサルタントとして働き、週末はフィールドホッケーの選手という二足の草鞋を履いている。

「普段の彼女は世界で一番ナイスな女性だけど、フィールドでは野獣になるんだぜ」エドはそう話している。

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エドの妻となったチェリー・シーボーン

「Perfect」ではビヨンセとコラボするなど、自身の目標を一つ一つ達成していったエドは、2019年4月、「初めて日本に来た時からの夢だった」と語る「東京ドーム公演」を見事に成功させた。

 
 
 
 
 
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No.6 Collaboration Project

「前作2つが物語の始まりだとするなら、今作はその締めくくりだ」エド自身がそう認識しているように、「÷」のツアーはキャリアの一区切りとなる。

次回作は「1番売れないけど、人から最も愛されるアルバムになるだろうね」と話したように、エドは音楽へのアプローチを転換していくことを明らかにしている。

ローファイなブルース・スプリングスティーンの「Atalantic City」や「Nebraska」を意識したいと語った次回作は、「ー(マイナス)になるかもね」とも冗談を飛ばしていた。


そんな中で2019年5月7日。エドとジャスティン・ビーバーのInstagramに投稿された二つの投稿が世界中を騒がせた。

 

 
 
 
 
 
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文章の一部が消された2人の投稿を繋げると1つの文章が完成する投稿は、新曲の到来と「Love Yourself」以来となる近代ポップスターのコラボレーションを予見させた。

そして10日午前5時。世紀のタッグから、新曲「I Don’t Care」が発表されたのである。

「辛い夜だって、君と一緒なら乗り越えられるんだ」など、とにかくスウィートなリリックは、新婚で幸せに満ちた2人だからこそ書けたものだろう。

発売から24時間のストリーミング回数は、「Shape of You」の2倍を超える驚異の記録を打ち立て、同シングルが持っていた1日の最多ストリーミング回数の記録も大幅に更新した。

こうして、「I Don’t Care」はこの惑星で最も再生される曲となったのだ。

そして7月12日、新アルバム「No.6 Collaboration Project」をリリース。

「(グライム時代に制作した)No.5 Collaboration Projectの後から、ずっと次のを作りたいと思っていた。」というエドの想いから誕生した新作は、収録曲のすべてが豪華アーティストとのコラボ曲である。


「この作品がキャリアの新しい段階だと思ってほしくなくて、ただ作りたかったから作っただけなんだよ。」

と語るように、このアルバムはエドが一緒に曲を作りたいと思ったアーティストとのコンピレーション・アルバムだ。

BLOW

豪華コラボな中でも異彩な輝きを放つのが、ブルーノ・マーズ、クリス・ステイプルトンとの「BLOW」だ。

エドはインタビューの中で
「これはバカげたアイディアなんだけど、『レディー・マーマレード』って覚えてる?おかしなアイディアだけど、あれをやりたいんだ。

ブルーノとビーバーと僕とでレコードを作ったら、面白いと思わない?それで最初にブルーノに電話したんだ。そしたら彼は『僕たちだけで一緒に曲を作ろう』って言ったから、それは実現した。

ブルーノと曲を作って、その後ビーバーと作って、個々の曲の制作がはじまって今回のプロジェクトになったんだ」と話しているように、ブルーノが監督を務めたMVはレディ・マーマレードを連想させる。

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レディ・マーマレードとは、当時絶大な人気を誇っていたリル・キム、ピンク、クリスティーナ・アギレラ、マイアという女性アーティストがコラボした2001年の楽曲で、映画『ムーランルージュ』の主題歌で知られる。

元は1974年に女性コーラスグループから発表されて以来、多くの女性アーティストにカバーされてきた楽曲で、その男性版の制作には一部のファンから反発の声が上がってしまったが、

エドは「ただ多くの人とコラボしたかったという意味だよ。男版レディ・マーマレードが酷くなるのは明らかさ。」と自身の発言の意図を説明する。

時代を代表する二大ポップスターのコラボレーションは、我々の予想に反してクラシックなロックナンバーであるが、エドはまさにそのギャップを狙っていたのだ。 

Beautiful People

キャリドとの「Beautiful People」は、いくら有名になっても変わらないエドの価値観が表れている。

タイトルでもある「Beautiful People(美しい人々)」はつまり高級車を乗り回したり、トップデザイナーの服に身を包んだり、パーティー出かけたりするセレブリティのことを指している。

自身もセレブリティであり、そうした人たちと関わることも多い中で、「でも僕たちは馴染めないんだ、普通でいいんだ」と歌うナンバーは、決して煌びやかではなくてもただ君と一緒にいられるだけで良いという、エドらしいラブソングである。

Take Me Back to London

2019年のグラストンベリー・フェスティバルのヘッドライナーを務めたグライムMCであるストームジーとのコラボは、Brits Award 2017で共演を果たして以来2度目のことだ。

ロンドンにルーツを持つ2人が歌うこの曲では、ツアーで世界中をまわってきたが「ホーム(ロンドン)より良いところはない。だからロンドンへ連れて帰ってくれ」と、故郷への思いが綴られる。

2015年にバディンガムのパブでエドがストームジーにかけた言葉も歌詞の一部として出てくるなど、二人のパーソナルなエピソードも盛り込まれている。

Best Part of Me

「Best Part of Me」はその名の通り、「僕の1番良いところ。それは君なんだよ」と純粋無垢なメッセージ性を持つ。

1番のヴァースでは髪が抜け落ちて不安なときを過ごしていたことや、斜視であるなどの歌詞から、エドの実体験が語られていると分かる。

ともすると2番はきっと、チェリーの視点からエドとの思い出が語られているのだろうと推測できる。

初めのブリッジで「自分のことすら愛せない僕を、君はどうして愛してくれるんだい」と問いかけるエドに、次の同パートでは「あなたは自分を大事にすることを教えてくれる」と答えるチェリー。

自分ですら気付いていない魅力を、彼女だけは気付いてくれる。そんな素敵な2人の関係を、エドとイエバの優しくエモーショナルな声で歌う1曲だ。

Remember The Name

憧れであるエミネムと「River (2017)」以来の共演を果たし、そこに銃撃事件から奇跡の生還を果たしたラッパーのフィフティーセント(50 Cent)を迎えた一曲は、三人のアンダーグラウンド時代があらわれた自叙的でグライムなナンバーだ。

三つのヴァースでは、エド・エミネム・フィフティーセントの順にそれぞれの「Going My Way」が心地よいフローとともに刻まれる。

「Grade 8(『+』に収録)」や「Don’t」、「Take It Back」、「Eraser」などからも分かるが、エドは韻を踏みフローのある曲を制作することに関しても、世界的なラッパーたちに比べて遜色ないセンスと実力を兼ね備えている。

そしてその才能は、この「Remember The Name」にも遺憾なく発揮されているのだ。

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ポップシーンを賑わせる歌姫カミラ・カベロ

このアルバムでは他にも、「South of the Border」でカミラ・カベロ、「Antisocial」ではトラヴィス・スコットなど豪華な面々とコラボレーションを果たしている。

また、チェイン・スモーカーズ(The Chain Smokers)はエドのインスタへのコメントで「コラボしたいよ」とラブコールを送っている。
もしかすると、現代のダンスシーンを代表するDJデュオとのコラボもいつか実現するかもしれない


ちなみにエドは、かねてより大ファンだと公言し、腕にはロゴのタトゥーまで入れている「HEINZ(ハインツ)」のケチャップともついにコラボレーションを果たした。

「EDCHUP(エドチャップ)」と名付けられたケチャップはインターネットで購入できる。

 

 
 
 
 
 
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作曲家・エドシーラン

コラボというと、エド・シーランはこれまでに多くのアーティストに楽曲を提供してきた。彼はアーティストでもあり、優れた作曲家でもあるのだ。

中でも有名なのは、ジャスティンビーバーに提供した「Love yourself」だろう。

2016年の年間ビルボードチャートでトップを獲得した楽曲は、実は「÷」に収録するために書いていた一曲だ。しかし、その出来に満足のいかなかったエドはお蔵入りにしていたのだ。

元のタイトルは「Fuck Yourself」だったその曲を、エドのパソコンに見つけたジャスティンは、歌わせて欲しいと懇願し譲り受けたのだった。

自身がお蔵入りにした楽曲が、年間トップになった事についてエドは、「いつも書き捨てるような事はしちゃいけないってことの表れだね」と笑うと同時に「ジャスティンが現代のミセス・ロビンソン風にアレンジしたからヒットしたんだよ」と謙遜する。

メジャー・レイザーとジャスティンが歌った「Cold Water」に関しては、書いたことすら忘れていた。これまたメジャーが見つけ出して、エドから譲り受けたのだ。

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エドが提供したヒットソングは他にもたくさんある。

プライベートでも親交のあるアン・マリーとは「2002」を共作し、同曲を収録するアルバム「Speak Your Mind」のヒットは、彼女を「英国No.1の歌姫」と言われるまでに押し上げた。

 

 
 
 
 
 
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ワン・ダイレクションの「Little Thing」や「18」、それぞれがソロとして活動を始めてからは、リアム・ペインのデビューシングル「Strip That Down」を書いている。

リタ・オラには「Your Song」を書き、ザ・ウィークエンドとは初対面のパーティーで泥酔した勢いのままに「Dark Times」を共作した。

他にもショーン・メンデスには「Fallin’ All in You」を、そしてテイラー・スウィフトとは「End Game」を共作した。
ご存知の通り、これらは全てチャート上位を獲得している。

ショーンメンデスを詳しく知りたい方はこちら
モダンで情緒的な音楽。世界を虜にするショーン・メンデス ​


エリック・クラプトンやダミアン・ライス、ヴァン・モリソンにエミネム、そしてビートルズ。

ジャンルに捉われることなく様々な音楽を聴いて育ったエドは、彼らに大きな影響を受けていることを明かしている。

Eraserには「僕は成長したと思うけど、ダミアンの誇りにはなれたかな」というフレーズがあるし、他の楽曲にもダミアンやヴァン・モリソンの名前が幾度となく登場する。


高校時代まで悩まされた重度の吃音はエミネムの「ザ・マーシャル・マザーズLP」に合わせてラップを練習することで直したと公言している。

 

 
 
 
 
 
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エドが常に憧れとしているダミアン・ライス

「彼らからの影響を受けているからこそ、僕の音楽もこうなっていると思うね」

そう語るように、幼い頃から多種多様な音楽を聴いて育ったがゆえ、ジャンル横断的でミックスされた、誰も想像すらしなかった音楽を生み続ける事が出来ているのだ。

「ソングライティングに関してはもう、試行錯誤あるのみだよね。アルバムがリリースされた時には完全に内容が出来上がってる訳だけど、使われていない他の曲を聴いたら、きっと僕がソングライターとしてそんなにすごくないと思うはずだよ。」

エドは謙遜するが、その使われなかった音楽の中に「Love Yourself」や「Cold Water」があるのだから、どれだけ類い稀なソングライティングの能力を持ち合わせているかが分かるだろう。

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母校を訪れた際には、後輩たちに向かって
「古い家で水道の蛇口をひねると水道管にたまった汚水が出てくるだろう。でもその汚れは徐々に少なくなって、次第に水は透き通る。

最初に書いた曲はひどかったよ。蛇口から出てくる初めの水のようにね。それでも1日に3曲は書き続けて、汚れを出したんだ。綺麗な水が出始めた頃に、良い曲が書けたよ。

ひどい曲を出し切ると、失敗しても、良い曲は必ず流れてくる。」とトライ&エラーを繰り返してきた事を明かしている。

苦闘しながらも曲を書き続けてきた賜物が、エド・シーランを稀代のソングライターたらしめるのだ。


エド・シーランが携わった主な楽曲一覧

・ジャスティン・ビーバー 「Love Yourself」
・メジャー・レイザー/ジャスティン・ビーバー 「Cold Water」
・ワン・ダイレクション 「Little Things」「18」
・テイラー・スウィフト 「Every Thing Has Changed」「End Game」
・アン・マリー 「2002」
・ザ・ウィークエンド 「Dark Times」
・リタ・オラ 「Your Song」
・ショーン・メンデス 「 Fallin’ All in You」
・ホワイ・ドン・ウィー 「Trust Fund Baby」
・ルディメンタル 「Lay It All on Me」
・ヒラリー・ダフ 「Tatoo」
・ジェイミー・ローソン 「Can’t See Straight」
・オリーマーズ 「Love Shine Down」
・ジェシー・ウェア 「Say You Love Me」
・リクストン 「Hotel Ceiling」
・ジェス・グリン 「Thursday」
・ヒューズ・オー・ディー・ジー 「Boa Me」
・トリー・ケリー 「I Was Made For Loving You」

 

1人で立ち続けるステージ

エド・シーランのライブを観たら、誰しも目を疑うに違いない。ステージには、紛れもなくアコギ一本のみを提げたエド・シーラン、たった1人しか立っていないのだ。

会場は小さなライブハウスではない。
満員のウェンブリースタジアム。8万人の観衆である。

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エド・シーランは1人でステージに立つ

これがエド・シーランという男の底知れぬ魅力を象徴している。

彼が8万の観衆を熱狂させるのに、バンドやオーケストラは必要ない。唯一必要なのは、Martin社の特注アコースティックギターと、ループペダル(以下:ルーパー)のみだ。

リフ、コーラス、さらには何層にも重なるハーモニーまで。その楽曲に必要なサウンドの全てを、その場でルーパーに録音し、演奏中に必要なパートのみを再生、停止させながら1曲を創り上げるのがエド・シーランのスタイルだ。

そして、それは「You Need Me,I Don’t Need You」などの限りなくヒップホップな楽曲でも、「Galway Girl」のようなアイリッシュミュージックでも、はたまた「Perfect」のようなオーケストラでも、「Shape of You 」のようなトロピカルハウスな楽曲でも変わらない。

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お気に入りのブランド「HOAX」のシャツとともに

一見すると典型的なソロ・アコースティックなスタイルだが、そのステージから生み出される音楽は、どこまでも多彩でビートのある、未だかつてない類いのものになる。


もちろんこれまでにも、ルーパーを駆使して重層的なサウンドを創るアーティストは存在した。ただそれらは全て、あらかじめ録音したサウンドを用いている。

しかしエドはそれぞれのライブにて、その場で演奏した音を録音する。つまり世界にひとつしかない音楽を届け続けているわけだ。

ギターを叩いてビートを刻み、そのビートの繰り返しにフィンガーピックでリフを重ね、コーラスを入れていく。

初めはとても抽象的で、どの曲が始まるのかさえ分からないサウンドが、突如として「Drunk」になり「Nancy Mulligan」になり、「Don’t」に化けるのだ。

そしてそれらの作業を、MCを交えながら、知らず知らずのうちに完成させてしまう事も少なくない。時に観衆との掛け合いを録音し、そのまま「Sing」の一部にしてしまう。

 

 
 
 
 
 
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エド・シーランがループペダルに出会ったのは14歳の時であった。当時はまだ駆け出しのミュージシャンだったゲイリー・ダンがループペダルを用いて行うライブを観て、エドは感銘を受けたという。

父ジョンはゲイリーにコンタクトを取って、エドの15歳の誕生日パーティーではゲイリーのプライベートライブが実現した。こうして、その夜にゲイリーからループペダルの使い方を教わったのだった。

「人々がライヴを観て、彼がやっていることの複雑さや繊細さを知らずに芸術性を批判しているのは興味深いよね。もし彼が0.5秒早くボタンを押してしまえば、曲が丸々調和しなくなってしまうんだよ。

つまりさ、彼は自分1人でステージに立ちながら、音楽と共に時間の波に乗って、そして足を下ろす度にレコーディングしているか、ループさせているか、逆再生させているか、もしくは曲を調整しているんだよ」

ゲイリーがそう語るように、エドが行なっている作業は簡単なことではない。

録音した音同士のボリュームを調整し、適切なタイミングで重ねられなければ、調和したハーモニーは流れない。そしてパートごとに素材同士の音量を変え、違ったアクセントのついたメロデイを流している。

それらと同時進行で、メインのメロディを弾きながら、美しい歌声を披露しているのである。

圧倒的なギタースキルと、天性の歌声で観客を虜にするライブパフォーマンスの裏には、ルーパーという影の立役者と、それを駆使するエドのもう1つの天才的なスキルがあることを忘れてはならない。

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ライブの大型ビジョンに映し出されるイラストの多くはエドのタトゥーと同じものである。会場のどこにいても、その世界観にどっぷりと浸かることが出来るだろう。

必見パフォーマンス6選【編集部のおすすめ】

エド・シーランの魅力が存分に詰まったステージをご紹介。

You Need Me, I Don't Need You @Wenbley(2014)

2014年のサマータイムボールでの「You Need Me, I Don’t Need You」は、エドの驚異的なパフォーマンスを世界に知らしめた。

演奏開始と同時に手際良く音を重ね、たった45秒でメロディーが生み出される。5:41〜からは新たなメロディーの録音を始めるが、そこでエリック・クラプトンの「Layla」を織り交ぜてくるのが堪らない。

パフォーマンスの後半は、マッシュアップされた新たな楽曲となる。

Drunk @Wembley(2015)

超満員の観客だけでなく、警備員までをも巻き込んだ。原曲よりもアップテンポにアレンジされ、ループペダルを駆使してよりロックな楽曲と化した「Drunk」は、8万人による大合唱となった。
凄まじいパワーと一体感を感じられるはずだ。

Take It Back @Wembley(2015)

同ライブも終盤に差し掛かった頃に「Take It Back」が歌われた。冒頭およそ2分に渡ってメロディを作り出す姿にはエドの真骨頂が表れている。ぜひ足元にも注目してほしい。

スティービー・ワンダーの「Superstition」とビル・ウィザーズの「Ain’t No Sunshine」をマッシュアップさせて自身の楽曲に取り入れてしまう驚愕のパフォーマンスだ。

Castle on the Hill / Shape of You @London(2017)

ブリッツアワード2017では、「÷」のリード曲として破格のセールスを叩き出した「Castle on the Hill」と「Shape of You」のパフォーマンスを、珍しくバンドを引き連れて行った。

「Shape of You」ではグライムMCのストームジーも加わり、ヒップホップとロックのテイストの強い、一味違ったエド・シーランを楽しめるだろう。

Galway Girl @Dublin(2018)

エドがアイリッシュバンドのBeogaを携えて行ったパフォーマンスは、ワンマンスタイルのエドがバンドを引き連れた点でとりわけレアなものだ。​

アイルランドを舞台にした「Galway Girl」はダブリンでこそ世界一の盛り上がりを見せる。

Don't @Dublin(2018)

ライブでのマッシュアップは、もはやエドの十八番とも言えるが、その才能が爆発しているのが、「The Ruby Sessions」でのこのパフォーマンスだ。

自身の「Don’t」から始まり、クリス・ブラウンらの「Loyal」、ブラックストリートらによる「No Diggity」とドクター・ドレーとスヌープ・ドッグの「The Next Episode」をマッシュした後に、「Nina」で締める。

ルーパーを巧みに操って、見事に5曲を歌い上げる姿は圧巻の一言だ。

クールでお茶目なエド・シーランの素顔

最後に、エド・シーランの素顔に迫るには彼の近親のSNSをチェックするといい。

ザック(@zakarywalters)はエドの専属カメラマンだ。ライブをメインにクールなエドを見ることができる。

 

 
 
 
 
 
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ケヴィン(@securitykev)は2015年からエドのボディガードを務める。そんなケヴィンのインスタグラムでは、お茶目なエドが切り取られている。

「エドと恋人になってみたシリーズ」などケヴィンの抜群のギャグセンスが発揮されているので、ぜひキャプションまで読み込んでほしい。

この投稿は「Thinking Out Loud」の歌詞「When your legs don’t work like they used to before」と掛けている。

「常にアイデアは尽きない」と話すエドは、きっとこれからも新しいアプローチを駆使して世界を驚かせてくれるだろう。
音楽性を転換し、これまでとは全く違った姿のエド・シーランを届けてくれることも楽しみで仕方がない。

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稀代のソングライター、エド・シーランと同じ時代に生きている。
私たちはその奇跡を噛み締めて、ずっと彼の音楽に酔いしれていたい。

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